「これからの時代のホラクラシー組織を学ぶ」をテーマに、全3回で組織経営の新しい形、未来の姿を見定めることに挑戦する本企画。ホラクラシー経営に独自の視点から挑戦してきたダイヤモンドメディア社の武井浩三氏をお招きし、9月8日に第1回が開催されました。
ダイヤモンドメディア社は、2007年9月設立の不動産フィンテックカンパニー。不動産のマーケティング、プロセスマネジメント、資産管理システムの構築といった内容を、約25名のメンバーで展開しています。情報の”非対称性”が大きいほど儲かる不動産業界の仕組みに疑問を持ち、業界を透明性のあるものにしたいと事業を行ってきた同社は、今年創業10周年を迎えました。ホラクラシー経営に挑戦するも、なかなか上手くいかないというケースも多く聞かれる中、なぜ同社はここまで持続できているのか。他社とはどんな点が異なるのか。その秘密が解き明かされました。
<INDEX>
1 ダイヤモンドメディア社独自の”ホラクラシー経営”
2 注目すべきポイント
3 現在の組織に至るまでの経緯とホラクラシー実現の条件
4 Q&A(当日の質疑応答より)
1 ダイヤモンドメディア社独自の”ホラクラシー経営”
「ホラクラシーという言葉は、ヒエラルキーと相対するものとしてよく使われると思います。ヒエラルキーが中央集権型・階層型のピラミッドだとすると、ホラクラシーは分散型・非階層型。ホラクラシーは、複雑な立体組織、円というよりは球体のイメージです。組織を細かく分け、それぞれ最適なところで意思決定、実行します。従来的な上司部下のような従属関係は存在せず、対等な立場の上に役割分担が存在する感じですね。」
アメリカのザッポス社が取り入れたことでも注目を集めているホラクラシー経営。しかしダイヤモンドメディア社は起業当初からホラクラシー経営を目指していたわけではなく「会社として関わる人に貢献する存在であるためにはどうすべきか」を突き詰めていった結果、現在のようになったと武井氏はいいます。
ダイヤモンドメディア社の組織のあり方は、アメリカで提唱されているホラクラシーとは以下の3つの点で異なっています。
- 情報の透明性 対称性(最重要。会社の中で透明な状態をつくる)
- 労使・権力の消失(雇う雇われるや、誰が意思決定するということがない)
- 報酬、人事システムの確立
「アメリカで言われているホラクラシーは、基本的にプロジェクトとか会議、MTGをどう運営するかというメソッド的な意味合いが強いのではないかと感じていますが、僕はそれよりこの3点は重要だと思い実現させています。」
上記のような特色を3つの観点に分解すると、次のようになります。
人事・組織 | 金銭・財務 | 働き方 |
上司部下、階層がない 肩書きは自分で決める 給与はみんなで決める 社長役員は毎年選挙 明文化した理念がない ビジョン・目標がない 経営計画がない |
財務情報はすべて公開 給与もオープン インセンティブなし 職務給・職能給なし 実力給 賞与の査定はなし 判断できる人がお金を使う |
働く時間自由 働く場所自由 休み自由 命令なし 雇う雇われるを放棄 副業・起業推奨 社内外ボーダレス |
2 注目すべきポイント
特に注目すべきポイントは、財務と給与の部分です。
「財務情報については、PL、BS、経費の内訳など全部オープンになっています。誰がみてもどうぞ、という感じです。そうすると面白いのは、会計について自分から勉強したい人、理解できる人はどんどん情報を取っていって、すごくいい仕事をするということ。こういった仕組みを実現するために、自分たちがIT屋ということもあって、社内の会計的なシステムはかなり作り込んでいます。定量的なデータの把握はばっちりできるようにしていますね。」
社員の給与については『お金の使い方会議』という名で、社員が互いの給与を皆で決めるというシステム。ダイヤモンドメディア社では、以下のようなガイドラインを設けています。
<お金の使い方会議3つのガイドライン>
- 客観的データ・事実・市場価値
- 共有資産への貢献
- 相場を崩すものを考慮しない
「インセンティブといった制度はなくて、実力給、その人の労働市場における価値ただ1点できまる仕組みになっています。『この人転職したらこれくらいの給与になりそう』『この人の仕事をアウトソースしたらどうなるのか』など、市場からみたその人の価値について話します。なので例えば、やっている仕事がアウトソース結構できてしまう、仕事があまりできないという人は『この給与じゃ生きていけないから』と辞めていくケースもあります。その点、かなりシビアではあると思いますね。
でも、それってブラック企業というのとは違うと僕は捉えているんです。いい会社にしようと思う人は、採用プロセスをかなり作り込んだり、価値観の合う人を集めようとする場合が多いと思います。でもうちは『とりあえず、一緒に仕事してみようよ』という考えで、うちに合わなくても違う会社でなら活躍できるのではとポジティブに捉えている。その点、どちらかというと”辞めやすい環境”を作り込んでいるとも言えますね。」
共有資産への貢献については、”BS的観点”が求められるといいます。
「長期的な視点で、皆で会社を作っていくことを考えたら、1人1人にはPL的な視点よりもBS的な観点の方が大事だと思っています。世の中の給与制度は、PLに基づいて設計されていると思うんですが、BS的な観点に基づいて評価した方が合理的だと思うんですよね。なので例えば、このお客さんはうちの会社の価値観にマッチしていないから、一時的に上手いことを言って案件を取ってきても長期的な価値にはならないよね、といった話をしたりします。」
3 現在の組織に至るまでの経緯とホラクラシー実現の条件
他に類をみないダイヤモンドメディア社の組織のあり方。10年かけてこうした組織を作るには、相当のパワーと信念が必要だと感じます。武井氏はなぜこうした組織を作ろうと思い至ったのか。これまでの経緯を等身大の形で話してくださいました。
「小学校からの夢はミュージシャンで、高校はバンド活動に打ち込み、23のときにはCDをリリースしたりと、実はバンドでそれなりの結果は残していた時期がありました。19から21歳までロスに留学していて、22歳で最初の会社を設立したのですが、当時の思いは音楽に対する思いと同じように『かっこいいことをやりたい』という単純な理由で。当時はとにかく名を上げたいという思いから始めたんですね。アメリカではバイトするなら起業しようという風潮もあったので、自分たちのコミュニティだけで、ファッション系CGMメディアを運営できるのではと思って、事業を立ち上げました。
でもたった1年で倒産したんです。1年で売り上げが50万しか立ちませんでした。当時友達にも借金してもらったり、大学や有名企業を辞めてまでジョインしてくれた仲間もいたにも関わらず、です。人生の中で一番の挫折でした。『俺は世の中にとって全然価値のない人間だったんだ』と思いました。それで、何がしたかったんだろう?会社ってなんのためにあるんだろう?と考えたんですね。それで”関わる人に貢献する存在であること”が大事だと思うようになりました。」
現在、世の中の企業のあり方の大半を占めるヒエラルキー型の組織について、武井氏は『人間のエゴを暴走させやすい仕組み』と言います。その要因とともに、現代に合ったホラクラシー型の組織実現の条件を上げていただきました。
<エゴを暴走させるヒエラルキーの要因>
- 情報の非対称性・不透明性
- 業務・業績・成果と報酬の連動
- ポジションと能力のミスマッチ
<ホラクラシー実現の条件>
- 情報の透明性
- 外発的コントロールゼロ
- 場の力によるマネジメント
「ヒエラルキー組織の場合、結局誰かコントロールしている人がいるんですよね。社員は経営者にコントロールされているし、経営者は株主にコントロールされている。権力を持っているものが持っていないものを都合のいいようにコントロールできてしまう仕組みだと思います。こうした仕組みは個人のエゴを暴走させると思うんですね。
ヒエラルキーは、例えば軍隊のあり方のように、生きるか死ぬかの世界のにいる場合にはとても合理的で、優れているんです。でも現代のように生きるか死ぬかがそこまで問題ではなく、しかも情報の共有がお互いにできる現代では、ホラクラシーの方が適しているのではないかと思うんですね。それに合わせて組織や制度を設計していったほうが理に適っているかなと思っています。」
4 Q&A(当日の質疑応答より)
以下には当日、会場で実際に出た質問と、それに対する武井氏の回答を記載します。
参加者の皆様は、ホラクラシー経営を実践している、または今後検討している方が多く、具体的な質問内容が数多く飛び出しました。
▪会社設立までの経緯について
Q. 武井さんがホラクラシーを目指そうと思った動機とは?
A. 一番最初、会社を倒産させてしまったことが大きい。それから、価値のある会社ってなんだろうと思うようになった。最初はいい会社を作ろうと思って、給与がいい会社とかになろうと思って超無理をしていた時期もあった。でも今はとにかく無理をしないことに徹している。
Q. 創業当時はヒエラルキー組織で、途中からホラクラシー組織に移っていったのか?
A. 違う。創業は4人で、その規模なのでヒエラルキー/ホラクラシーという概念がなかった。何人か増えたときに、役員創業メンバーが偉いというのは嫌だなと思ったので、ホラクラシー的な組織を研究・実施した。
▪ホラクラシー組織について
Q. ホラクラシー組織が成り立つ規模の限界はどれくらいだと思うか?
A. ホラクラシーは”一体”であるというのが重要だと思っている。何をもって一体となすか、それは”情報”が共有できるかどうかのレベルではないか。組織として繋がっていられるレベルは150人だと聞いている(村社会などで、顔と名前が一致するレベル)自分としても規模としては未知数だが、どこか大きい会社でやってほしいと思っている。
▪ダイヤモンドメディア社独自の仕組みについて
Q. 知人がホラクラシー経営に挑戦しているが、意思決定のスピードなど問題があった。ダイヤモンドメディア社ではどうしているのか?
A. 話合いとなるとけんかみたいになる時期があった。誰かの意見を尊重すると対立構造が生まれることがわかってきた。現在の仕組みは【トップダウン→検討→ボトムアップ→検討】という流れを2回転させている。こうすると納得感と合理性がバランスよく着地すると思っている。
Q. 変動の給与を、どういうプロセスで決めているのか?
A. 話し合いは7-8人くらい、給与が高い人が推進している。給与相場が分かっている人でないとリードできないし、自分ができること以上のものはできないと思っているため。
Q. 給与の相場観を大事にしているということだが、どういうふうにはじき出されるのか?
A. 一応ざっくりガイドラインしているのは3つ(会社の売り上げ/リアルな数字/転職した場合の想定給与など)でも想定給与は転職先にもよるため、本当に参考にしかならない。あとは社内の評判(「あの人いてくれると本当に助かるんだよね」「あいつ営業としては売れるけど、あいつのお客さん担当したくない」など)も踏まえて決めている。
Q. 「客観的データ・事実・市場価値」を重視するというが、結局市場価値は誰かが決めるのでは?
A. 株式が市場の原理で決まっているように、”場”の力で決まっている。
Q. 場づくりをされるときに、一番気にされることは何か?
A. コミュニティとしてどう一体感をつくるかということ。ダイヤモンドメディア社は、みんなが勝手にオフィスのレイアウトを変えたり、懸垂マシンとかギターとかファミコンとかを持ってくる。そういうものがあると、普段全然会話してないもの同士が話すきっかけになる。
▪組織総論
Q. 世の中にいい会社といわれるところはたくさんあると思うが、武井さんが思ういい会社とはどんな会社か?
A. 自然の摂理に適っている組織かどうか。いい会社、といわれるところの中には、給与がたくさんもらえる会社というものがあると思うが、仮に、ある人へ支払っている給与が労働市場における水準よりも高かった場合、それは会社として無駄だと思う。そのコストを負担しているのは、お客様と株主だから。それって、全然世の中への貢献じゃないと思う。だから相場観を気にしている。退職率が低い会社がいい会社、とは全く思わない。
(文責:武藤あずさ)
(撮影:梅田眞司)